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2009年7月28日 (火)

スコットランドとフランス紀行公記 パート25

朝一番でデュポン社に再訪問して 社長のエティエーヌ氏にお別れの挨拶をしに行きました。自宅でお茶を飲まないかと言われ11月ですから日本で言えば2月並の寒さです。朝でも温度は6度ほどです。そして自宅の家宝である大昔のデュポンが飾ってあります。何度も訪問時に見ていますが、現社長のひいお爺さんの時代に蒸留された1875年以前に蒸留されたデュポンです。瓶詰めの年度は未定ですが、戦前なのは確かです。英語版のカルヴァドスの本がありまして、商魂たくましいイギリスのワインの機関が最近出版しました。その本に掲載されているデュポン社の家宝を2本在るわけですが、今回そのうちの1本を売っていただきました。最初にデュポン社に訪問したのが既に13年ほど前になるのですが、その時にも売ってくれないか交渉したのですが、売れないの一点張りでしたが、今回は5度目に訪問でして長い付き合いだから1本なら良いだろうと特別に売ってくれました。ですが、高い!テセロンの1830年より高いです。!ある意味では1700年代のコニャックより希少価値は高いかもしれません。

何せノルマンディーは第2次大戦でドイツ軍に侵略され1944年6月6日に300万人もの連合軍に爆撃や侵攻されましたから大変です。狭い地に船舶だけで1200隻以上が上陸したのですから正に史上最大の作戦です。さぞかし数え切れない爆弾や砲弾が矢の如く行き来したのでしょう。そして多くのカルヴァドスの作り手も被害を被りました。痕跡は今でも残っています。お陰で内陸部で侵攻の少ないコニャックやアルアルマニャックと違いカルヴァドスはかなりの被害を被り戦前や1800年代は殆ど見なくなりました。日本でも沖縄の泡盛の古酒は戦前は100年物や200年物もあったそうですが、米軍の爆撃で多く泡盛の作り手が被害を被り貴重な古酒が無くなりました。

12年以上前に沖縄まで行き100年物の古酒を購入しようとあちこちの蔵元に行きましたが、100年古酒は無いどころか見せてもくれませんでした。1ッ箇所だけ所持している作り手のご主人しか保管している場所は知らなくてその蔵元の長男でさえ飲んだことも香りを嗅いだこともないそうですから売って貰える訳がありません。お金を出せば1升瓶で100万円ほどで購入出来るそうですが、泡盛が1升瓶100万円ではコニャックやカルヴァドスで換算すると1本40万円程になりますから1800年代は物によりますが、購入は可能ですが、それを泡盛の古酒になると商売としてはかなり難しいと思います。40万円で購入しますと1本で20杯取りとすると原価で1杯20,000円になりますから、私はこの手は原価で提供したりしますが、欲深なバーはしっかり貰うと思いますがそうなると平気で1杯40,000円以上は取ると思います。これが採算重視のホテルのバーなら3倍はとりますから1杯60,000円は間違いないと思います。泡盛の古酒の100年物でも、当店のマニアックなお客様でも飲む方は希です。要するに年代を考慮するとコニャックは、カルヴァドスよりCPが良いのは事実でしょう。

1875年以前に蒸留としか説明は聞いていませんが、社長がラベルにサインをしてくれました。 当店でも家宝にするしかないかですね。・・・

次の訪問先はクール・ド・リオンです。

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